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仮説

可能性の低い仮説を立てることが習慣になっている。

例えば、見知らぬAさんが混んでいる電車の中で大きく股を開いて横柄に立っているとする。単純に電車に乗って来た時から横柄に立っていたと考えることが最も簡単ではあるが、あえて少し可能性の低い方向で仮説を立ててみる。足を投げ出して熟睡しているBさんの前にAさんが立ったため、AさんはBさんの足をまたぐように立つことになったが、Aさんが気づかない間に熟睡中のBさんが無意識に足を引っ込めた。こんな風に可能性の低い仮説によって登場人物の印象をガラリと変えることがおもしろい。

過去に在籍した会社の入社試験の時もそうだった。最終面接後に交通費として会社から受け取った封筒には請求額よりも1万円多く入っていた。そのことに気づいた時、単純に経理担当者の間違いとは考えず、また少し可能性の低い方向で仮説を立てていた。それは、人間性を量るための最終試験として、会社がわざと1万円多く入れたという仮説だ。実際は経理担当者の間違いだったのだが、人間性を量るためには、うってつけの方法ではないかと思う。しかし、健全な会社としては姑息な手段を使う訳にはいかないのだろう。

少し無理があり、可能性の低い仮説を立て続けることは、10年後に優等生になっているはずのAIと戦えるユニークな思考につながるのかもしれない。きっと、完璧な考えで溢れる10年後には、ダメージジーンズのような不完全な考えの方が価値を持つはずだ。